お盆ということで、実家に帰られた方は多いのではないでしょうか。
そういうわけでもないですが、プロウが点検のために実家へ帰った時のどうでもいい会話です。
海鳥の声が聞こえる。
寄せる波の音に、潮気を含んだ風。
自分が人の身であれば、これらの要素が「郷愁」という要素につながるのであろうか。
彼女が造られた海沿いの研究所、その屋上で、プロウは静かに思考回路を回していた。
データとして入力されている感情と、自らの状況を照らし合わせ、仮想する。しかし、その仮想が確かめられる予定は、今のところ、無い。
ふと、思考の端で、センサーが足音を捉えた。
階段を登る音。体重、リズム。記録の表層部に、未だ残っている。
「……ああ、ここに居たの。珍しいわね」
ぎい、と、重たい扉を押し開けながら、海野研究所現所長――海野遥が、屋上へと姿を現した。
適当なTシャツに白衣を重ね、乱雑に切られたセミロングの金髪を揺らしている。その姿は、人型の頭部へと換装したプロウと並べると、親子あるいは姉妹のようにも見えた。
「隣、いいかしら」
言いながらも、遥はプロウの許可を待たず、隣に立ち鉄柵に寄りかかる。
ごそごそと白衣のポケットを探り、取り出したのは、正方形の電子タバコケース。
中から使い捨ての細く短いタバコを一本取り、口に咥える。
「……はあ。ここも禁煙になったら、私の居場所はいよいよ無くなるわね」
遥の口から愚痴と共に吐き出された煙がプロウのセンサーに触れ、自動的に解析が始まる。
ヒュージメディ社の使い捨て電子タバコ。一箱六本入り。使用されているリキッドは、チョコレートフレーバー。
プロウが研究所で「作られて」いた頃から、遥が吸っている銘柄は変わっていなかった。
しばらく、遥は何も言わずに甘ったるい煙を楽しんでいたが、やがて、タバコが入っていた方とは逆のポケットから、畳まれた一枚の紙を取り出した。
それをプロウへと渡す。受け取る瞬間、ほんの少しだけ、プロウの手はためらうような動きを見せた。
「点検の結果は、異常無し。と言っても、セルフチェックで分かりきっていただろうけど」
遥の言葉に、プロウは肯定を重ねはしなかった。紙を開き、中に書かれている無数の数字をあらためる。
「外部からの判断と自己判断は異なります。特に」
「AIに関しては、でしょう?今のところ問題無いわ、そっちも」
「……」
それ以上は言葉を繋がず、プロウは開いた紙に書かれていたデータを自分の中に記録してから、畳み直して、遥へと返した。
几帳面なはずのプロウらしからぬ、角の少しだけずれた紙に、遥が笑う。
「相変わらず、手先は不器用ね」
「……学習は、繰り返しているのですが」
「マニピュレータ……手の問題は開発でも難点だったけど、そのうち最適化されるだろうって妥協しちゃったの。武器と同じで、まさか家事なんてするとは思ってなかった頃の名残とも言えるけど。それより、どう?メイドさんごっこは楽しめてる?」
多すぎるほどの煙を吐いて遊びながら、遥は尋ねた。
答えはわかりきってるけど、と言外に付け加えられていた質問にも、プロウはただ、答える。
「これを、楽しいと呼ぶのか、私には分かりかねます。ただ……」
「ただ?」
「……外部からの刺激の量、得られる知識、自己判断回数などが、私のAIに大きな影響を与えているのは、間違いありません」
「そう。それだけ言えるなら、十分ね」
満足そうに、遥が口元をつり上げる。
「次は、あなたのご主人様も連れてきなさいね。娘が世話になってますって、一回くらいは顔を合わせて挨拶しとかないと」
「私は、所長の娘では……」
「物の喩えよ。あなたはその辺りも学ぶべきね」
「比喩……アレゴリー、でしょうか」
「それは固いわ。もっと柔らかい……くだらないこと」
もっと分かりやすい説明は無いかしら、と遥がタバコを咥えたところで、「海野研究所」の名前が入った青いライトバンが、研究所前に停まった。運転席から降りた、無精髭を蓄えた中年男性が、屋上にいる一人と一機に向かい、手を振る。本来の住処にプロウを送り届けるために用意された、特製の車だった。
仕方なく、遥は比喩についての説明を諦め、タバコからも口を離した。
「プロウ」
「はい」
「……気をつけて帰りなさいね」
「はい」
がちん、と、接地したプロウの足元で硬い音がした。
重量物に耐えられる作りをしていると分かっていても、プロウが屋上を歩くたびに鳴らす重い足音には、遥も不安混じりの苦笑をこぼしてしまう。
開きっぱなしだった階段への扉をくぐる寸前、一度だけ、プロウは遥へと機械の目を向け、しかし何も言わずに、降りていった。
あとに残された遥は、深々と、煙を吐き出す。
チョコレートフレーバーの煙は、潮風に巻かれて、不規則に揺れながら、消えた。
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- 2018/08/13(月) 20:52:05|
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